いつでもどこでもだれとでも日本語で話しましょう。
一个鸡蛋引发的思考……
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下一篇 2008-03-28 14:36:15
“无农药、低农药、有机、绿色、安全放心”,近几年来,类似的词汇满天飞,几乎能与这个沾边的东东,都被标上了如此标示,自然,其中也不乏一些昧心的商家借此机会大赚一把。不过话又说回来,真正无农药的到底有多少呢?我们无从得知,似乎只是从心理角度给消费者安慰而已,眼不见心不烦嘛……呜呼,合乎小生之孔乙己理论哉。
隐约记得某位领导发表过自己的见解,说是:“要想彻底解决农药残留问题,归根结底还是需要从农民入手,农民自己能够意识到农药可怕的时候,所有消费者就会成为真正的上帝了。”似乎与日本鬼子佛教思想家的观点不谋而合。小猪的故事似乎也很形象……
一只小猪、一只绵羊和一头奶牛,被关在同一个畜栏里。有一次,牧人捉住小猪,它大声号叫,猛烈地抗拒。绵羊和奶牛讨厌它的号叫,便说:“他常常捉我们,我们并不大呼小叫。”小猪听了回答道:“捉你们和捉我完全是两回事,他捉你们,只是要你们的毛和乳汁,但是捉住我,却是要我的命呢!”
3月28日 天声人语
熱いご飯に卵をのせ、しょうゆをたらす。簡単でうまい「卵かけご飯」だが米国に在勤中は食べなかった。生卵は危ないと聞いたからだ。帰任後、国産の卵を割って、味わったものだ▼
所谓“生鸡蛋拌饭”,只需在热乎乎的米饭上打一个鸡蛋,浇上点酱油就可以,做法简单但很好吃。在美国任职期间,因为听说生鸡蛋不安全,一直没吃,回国后,终于享用了美味的国产鸡蛋拌饭。
おいしい日本の卵だが、実は、自給率は1割しかない。国内の鶏は飼料の9割を輸入に頼っている。輸入のエサを食べたら、産んだ卵も「自給外」と色分けされる。赤い鳥、小鳥、なぜなぜ赤い、赤い実を食べた……。童謡さながらに、卵は「輸入色」に染まってしまう
日本产鸡蛋确实安全美味,但是自给率只有10%。因为国内养鸡场所用饲料有9成依赖进口,一旦被喂养进口饲料,鸡所产的蛋也被通过颜色划为“非自给”的行列。就像童谣中唱到的“红色的鸟、雏鸟啊、为什么是红色的呢?因为吃了红色果子呀……”,鸡蛋也因所用饲料不同而被戴上了“进口色”的帽子。
同じ理屈で牛肉は11%、豚肉5%と、カロリーベースの自給率は驚くほど低い。農水省の試算によれば、飼料の輸入が止まると、卵は7日に1個しか食べられないという。あまりの海外依存に、首筋は寒くなる▼
同样的道理,按照原始热量计算的话,牛肉自给率为11%,猪肉为5%,低的让人吃惊。据农林水产省估算显示,一旦停止进口饲料,每周只能吃一个鸡蛋。竟然如此依赖于海外,令人不寒而栗。
「卵かけご飯」で卵を受ける米には、減反の嵐が吹く。米は余るばかりだ。去年は価格が暴落した。東北農政局は、作りすぎを「資源のムダづかい」と書いたポスターを作った。あまりの言い様だと、農家の怒りが渦をまいた▼
“生鸡蛋拌饭”中的米也难逃劫数,最近政府开始大力倡导减少稻田的面积,理由是去年出产的大米过剩,价格暴跌。东北农政局的宣传海报内容为“资源浪费”,他们认为生产过剩就是资源浪费。农民们对此怒不可遏,反驳说政府言辞过激。
米を作る側と、食べる側の違いを、明治生まれの仏教思想家、鈴木大拙は〈食べる人は抽象的になり易(やす)く、作る人はいつも具体の事実に即して生きる〉と言った。米に限るまい。野菜も肉も、そしてギョーザも、食べる側は、生産の現場からは遠くなりがちだ
生于明治时期的佛教思想家——铃木大拙阐述了生产者与消费者之间的区别,“消费者易于抽象思维,而生产者总是活得很现实”。不仅限于大米,包括蔬菜、肉类,还有水饺,消费者往往都远离于生产现场。
ご飯と卵にも、さまざまな具体の事実がある。米は今、種もみを浸す時期だ。鶏なら、春びなが売られるころか。生産と流通の終着駅に鎮座して、「食べる人」を決め込んでいればよかった時代では、もはやない。
米饭也好,鸡蛋也罢,其中蕴涵着各种无法改变的现实。水稻,现在该浸种了。鸡呢,春季雏鸡也该上市了吧。“消费者只需正襟危坐在生产与流通的终点,自诩为上帝”的时代早已远去。
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